07/02/02~08/02/09の日記
02/02
今まで自分で日記の管理をしていたが、量が増えて来るにしたがい煩わしいので、他のサイトのお力を借りることにした。
友人もこのようなサイトを使って日記を書いているので真似をしたわけだ。まだ使い慣れてないので、これを読まれている方には面倒をおかけするかもしれないがお許し願いたい。
ここの美術館の壁を自分で塗り替えようと昨年の秋頃ペンキ、梯子まで買ったが、伊賀より暖かいというものの雑用に追われいつの間にか冬になり、歳なので春まで待とうかと思っている。十二、一月はオフシーズンで近所のホテルも塗り替えをしている。
だがもう二月、ここに来て一年経ってないので暫くは季節の様子が解らないところがあるが、苺狩りなども始まり、花摘みと相まって観光シーズンに入るようだ。
何事も体験は必要と機会を見ては他の観光スポットを見に行くようにしている。誕生寺というお寺がある。千葉県鴨川市の阿波小湊(あわこみなと)にある日蓮聖人の生まれ育った所にあるお寺だ。
立派なお寺で参拝者も多いようで、周りはこぢんまりとしているがホテル、土産物屋、食堂など設備の揃った観光地となっている。
ここは、ずっと伊賀に住んでいれば決して来なかったお寺だろう。道路事情の良くなった今でも陸路で行くとそこはまるで辺境の地のようだが、海上交通で見ると条件の揃った良いところに立地している。
陸路というのはどんな人でも何とか移動出来るが、海は船がないと意味がないのでごく限られた人達の専有物となってしまう。海上は少数派の交通なのでその影響力は限定的だが、利用可能な人々にはさらに力をもたらせるものだ。 そんな海が生んだ日蓮聖人を感じると、今までの認識が改まった気がする。
しかし津波でお寺が何度も建て替えられたそうで、この美術館も津波対策が必要かと不安になってしまう。白浜には元禄地震の津波の高さというものが海岸の看板としてあちこちに表示されている。同じようなものが来たら、このままでは良くて命が助かるのみだろう。美術館としては困ったことになりそうだ。
鴨川シーワールドは、有名なのでお客さんがあると一緒に行くことが多く、何度も訪れた。伊賀で例えると、伊賀上野城だろう。
三重県伊勢の鳥羽水族館は種類が多くて学術的だが、ここ鴨川シーワールドはやはりイルカやシャチのショーが売り物で、毎日多くの人が訪れるのには驚かされる。特に子供には人気が高いようだ。
会場内で時間を過ごしてお金を使ってしまうので、商業施設の大型スーパーのようで地元観光の振興にはあまり役立つようには思えない。その点は白浜野島崎灯台などは観光地にとって理想的な施設かもしれない。
それが今では灯台に頼りすぎたおかげで、他の施設に遅れをとってしまった。これから灯台前のお店に頑張って貰いたい。
02/03
昨日は日記をどうにかupしたが、まだ何となくしっくりしないので、書くような内容はさほどないが、テストを兼ねて書いてみる。
昔からスタートレックのファンで、地上波でよく見ていた。しかし、あまり人気はないらしく、番組の途中で打ち切りになってしまった。
それ以来見ることはできないものと思っていたが、テレビを買った時にスカパーで放送していることを知り、早速契約した。
おかげで決してみることがないと思っていたアニメ版のスタートレックも見ることができたが、これは流石に面白くなかった。
最近はチャンネル数も多くいろいろ放送されているので、若者の本離れとTUTAYA離れは如何ともし難いだろう。
SFでは未来社会は暗いものと相場が決まっている。マッド マックス、猿の惑星等数知れない。
スタートレックも第三次世界大戦後のSFだ。地球温暖化、石油資源の枯渇、エネルギー資源のことなどを考えると、未来は暗いような気がする。
パラグァイに住んでいた時は、その国民はかつての日本のように発展途上状態なので、「今と昔を比べると本当に今は良くなった」とその発展を楽観的に喜んでいた。
世界中の人間が今の米国人のライフスタイルをとれる筈はない。必ず誰かがババをつかまなければならないのが現実だ。
災難でも災厄でも現実にそういう目に遭わない限り、人は自分は大丈夫だと信じているものだ。そうでないと生きる力が沸かないのかもしれない。
02/07
先日日帰りバスで東京に行った。千葉白浜の田舎に住んでいるので、東京に驚かされることは多い。
地下鉄のキヨスクに英字新聞が三種類ほど売っていたので驚いた。駅が霞ヶ関のせいかもしれないが、ごく普通に売っているのは本当に驚くことだった。
違う駅で時間を潰す必要があったので、マグドナルドに入った。席についてまた驚いた。盲導犬を連れたカップルがいる。
私は個人的に盲導犬協会に作品を寄贈していたので、少しは盲導犬のことを知っているつもりだったが、普通に活動している状態を見たことはほとんどなかった。おとなしくじっとしている犬を見て、立ち上がって付いて行くまでをしっかりと見たくなった。
そうしてコーヒーを飲んでいると右隣に座った親子が英語で喋りだした。おそらく米国人なので母国語を使っているだけなのだろうが、子供が英語で喋るのを直接聞いたことがないので、これにも驚いた。
直に聴くと言うことでは、経験がある。かつてパラグァイに着いた頃は、ほとんどスペイン語ができなかった。数字一つ数えることでも苦労していた。
首都アスンションの何処かの公園で、子供が遊んでいて数字を数えながら何かしているのを聞き、彼らはスペイン語を使って数字を数えている。
今まで無理矢理スペイン語を学んでいることがようやく意味を持つ世界に来たのだと、しみじみ感じたことがあった。
何事も一見に如かずということだろう。「田舎で勉強するより、都で寝て暮らせ」とも言う。
これはいつも東京に行くと思うが、首都東京は土地利用があまり進んでいるようには見えない。消防車が入り難そうな狭い住宅密集地がある、壊れたようなアパートが建っている。
そう多くは世界の首都を知らないが、東京は遅れをとっているのは事実だろう。
02/08
今日は千葉の東横インに泊まる。
千葉の博物館協会の会議が連続してあるからだ。
もちろん初めての千葉の夜でいつものようにうろついてみた。
なんとなく頑張っているような居酒屋に入る。なんとそこは三時まで営業するというではないか、この千葉駅周辺はそれなりに何でも揃っている便利な街だ。
感じとしては地方都市なのだがこれは東京が近いからしょうがないのかもしれない。
もう酔っ払っているので止めるが、ここは良い街だ。
02/14
このサイトに引っ越してから日記の調子が変わったようだ。
当たり前だ。今までは下書きをしてからHPにUPしていたのだが、ここでは直接簡単に書けてしまう。だから、つい千葉市のホテルで酔っぱらいながら書いてしまったのが2月8日分と言うことだ。
千葉では駅名が面白いというか、頼りないというか、に思う。千葉駅はJRのメイン駅だ。あと西千葉、東千葉、本千葉、千葉中央、千葉みなと、新千葉等のややこしい駅名が近在にある。そう「千葉」の名前に拘らずとも良いのではないかと思うが・・・
流石に県庁所在地のことだけあって、お役所群の直ぐ側にいかにも接待で利用されている雰囲気のある老舗の鰻屋さんがあった。
千葉の用であった会議の博物館協会の皆さんと懇親会があり、彼らはもちろん学識豊かで私など現業に近い仕事をしていた人間にとっては、それぞれがとても興味深い話だった。
会議の中では経営の話もあって人件費のことが出たが、流行の民間委託になると人件費は現状の半額ぐらいになると言う。
日本人の分類を日当で計算すると全くの私案だが、100万円以上の人達は「貴族」、その十分の一の10万円以上は「エリート」、その五分の一の2万円以上は「市民」、その三分の一の七千円以上は「平民」、それ以下は「新プロレタリアート」等という「新平成の身分制度」なるものはどうだろう。
「まる金(きん)まるび」の金魂巻の著者「渡辺和博」さんは残念ながら亡くなったが、「貴族・エリート」以上の方々とそれ以外の方々のスタイル比較だった。今日は周知のごとく貧乏が増大している点が、当時とは異なり今や貧困状態を笑えないようになってしまった。
しかしながらジニ係数等を参考にすると日本は先進国中でそう悪くはない。社会的圧力が増大するまでにはなってない住み良い国だと言うことになる。出稼ぎ外国人がいるのがその証明か。数字だけのことであれだが、アメリカ合衆国なみのジニ係数だけにはなって欲しくないものだ。
私など真性のしかも昨日今日ではなくて筋金入りの「新プロレタリアート」組なので、時々寝付きが悪い時がある以外は、諦めているようなところがある。明日の食うことが結局何とかなりながら、人生を過ごしてきたので、残りの人生も何とかなると考えるようにしている。
07/02/22
ジニ係数のことで勘違いをした。webで簡便に調べたのを参考にしたが、データーがかなり古いものだった。今や日本でのジニ係数は悪化の一途をたどり、政府も来る選挙を控えてかなり神経質になっているようだ。
ところで今月の15日は、ものすごい風が吹いた。用を済ませて帰る途中、荒れた海を走る貨物船を写真に撮った。撮影するのも人が立っていることが難しいくらいの風だったので、画像はかなりブレているようだし、これを見ると風の迫力が伝わってこないと思うが、小さな船が一生懸命事故もなく航行した一瞬を見て上げて欲しい。さらにこの日記に未だ不慣れと言うことで写真のupを試した。
ここに移り住んでもうすぐ一年になる。白浜に住んでいると、買い物などもつい館山によく行くことになる。伊賀に住んでいたときも住んでいた柘植が白浜のようで、隣町の伊賀上野市が館山の役割を果たしていた。
館山も駅周辺だけだが、少し詳しくなった。ここには近くに自衛隊があるせいか「なぎさ銀座」という地方都市にはない纏まった歓楽地区があるが、やはり不景気で空き店舗が目立つ。
全国的に同じようなシャッター街が続く地方都市の一つの館山だが、残っているお店を見ると、眼鏡と宝石店、呉服屋、婦人服屋、お家で製造している菓子屋、飲食店がある。そして最後に一番客の多いのは開業している病院と言うことになる。
07/03/06
2月からここで書き始めたが、月が変わったので早くと、思いながら今になってしまった。最近単調な日々を送っているのか、何も頭を使わないからか、どうも内容が無い。
暖かいせいで花粉の飛散が例年より早く、今は悩まされている。それでも伊賀に住んでいた頃よりは改善された。半分以上が海という所に住んでいて、陸地が少ないからだ。おまけに残された山々には杉、檜はとても少ない。
花粉症はディーゼルエンジンの排ガスに関係するらしいが、住んでいた伊賀はその点は最悪であった。近くに名阪自動車道があって、名古屋方面上りが峠越えのかなり長い坂で、夜などは轟々とエンジン音が響いていたものだ。
ここ白浜はそれに比べたらと思っていたが、考えてみると成田空港を利用する飛行機、東京湾に入る船も同じように排ガスを出しているわけだ。伊賀と比べると距離が遠いから影響が少ないかのように感じるが、交通量も多く撒き散らすという点では被害が多いかもしれない。
でも私にとっては白浜の方が花粉症環境では優れている。花粉症ではない人には全く解らないだろうが、特にお酒を飲むと症状が悪くなる。私は檜も駄目なようだから、桜の満開の頃は本当にお酒が飲めなくて辛いものだ。
飲むとアレルギーのようにすぐに反応すると言うことではなく、飲んでいるときは普段とさほど変わらなく、気持ちよくなっているのだが、夜になって眠るころになると、鼻水が出てきて止まらなくなる。
その夜は真に苦しい一夜を過ごすことになるので、その記憶が残っている限り飲むことを控えてしまうのだ。
最近はマスクをする人も増えてマスクを怪しまれることも少なくなったが、この時期それを狙って悪いことをする人も増えているようだ。いやはや・・
4/2
もう4月になってしまった。3月は私的な来訪者が多く忙しかった。
この機会を利用しての外食も多かった。近くの地魚料理屋さんは、どこも同じような漁師料理で地元に住んでいる身にとっては、今ひとつ物足りない。
寿司屋さんは沢山あるのでいろいろ面白いが、ネタは地元のものが当然多いので、お店は違えども旬の魚達の味比べをするような点がある。。 ミクシィ仲間のおいしい店では、洋食屋さんが多いようだ。洋食屋さんは夫妻でこぢんまりとやっていることが多く、東京の名のあるお店で修行したようで、水準が高いようだ。私も教えられた店に行ってみたが、美味しかった。関西圏と比べても得点は高いようだ。
その他蕎麦屋さん、ラーメン屋さんも多い。ラーメンはやはり関東圏なので味は濃く塩っぱいが、チャーシュウは関西に比べて分厚くて食い応えがある。しかし、未だ結論めいたことを言えるまで食べてない。
東京にも何度か行くことがあり、少しの時間だが歩くことができた。白浜東京間はバスをよく利用して、私にはバスは身近な乗り物となっている。東京駅の「はとバス」の乗り場を発見したので、次回時間があったら是非乗ってみたいと思った。
恥ずかしながら未だ東京で私の陶磁器の個展をしたことがない。銀座周辺には画廊が本当に多くて驚かされる。毎年何千人もの芸術家が作品展を開いているのだと思うと、経済大国だと思わざるを得ない。
15年ぶりに学校の卒業生と会おうとするまでに未だ時間があったので、映画を久しぶりに見ようと考えタイムテーブルを見たが、残念ながら駄目だった。
館山の本屋には無かった本が東京にはすぐあった。イオンのジャスコ館山店が近々リ ニューアル オープンするが、ミクシィ仲間からの情報では映画館は出来ないとのことだ。一年前に住んでいた伊賀市ではスーパーのオークワにシネコンがあったので、今回は期待していたのだが。
07/05/30
最近は美術館のペンキ塗りばかりしているので、日記を随分更新しなかった。今は梅雨の前で気候がとても良く草花も開花し、海も穏やかで、野鳥も多く、観光客は少ないが私自身は楽しい気分になる。猫のポルも人が少ないので灯台周りの散歩を楽しんでいるようだ。
七月から館山道が全線開通するというので、近くのホテルや食堂などもお化粧直しに余念がない。
最近房総勝浦によく行く。ここには朝市と言うものがあって四〇〇年も続いているそうだ。白浜から少し遠いので朝市にはまだ出会ってないが、この勝浦は洒落たお店が多い。
JR路線図を見ると東京からは館山よりも運賃が50パーセント近く安い。私は白浜にパラシュート降下したような土地勘しかないので、自分が住んでいる白浜を中心に考えてしまいがちだが、東京から外房というと大原から千倉を指す。
館山は内房になるので海の印象が一般には弱い。要するに港としては良いけれど、漁業には向かない感じであろう。
白浜は独自に南房などという名前を貰ったりもしているが、海的には外房になろう。今まで買い物などほとんどを館山に頼っていて、鴨川方面には行く機会が少ないのでよく知らなかったのだ。
大正時代に造られた別荘地と言うものもあって、その名も鵜原理想郷と言う。(勝浦市鵜原の明神岬一帯が開発された際「理想郷」の名が付いた景勝地。入り組んだリアス式海岸や沖の小島などが一望でき、多くの文人や画家に愛された。)などという不思議な所もあるし、かつてフラミンゴで有名になった行川アイランドというものも近くにあった。
寂れた観光地は今や日本全国どこにでもあるので白浜もそうならないことを祈るのみである。
07/06/25
環境問題は厄介だ。昔の公害は特定の企業を攻撃していれば済んでいた。
アメリカの現代空母なる番組をディスカバリーチャンネルでやっていたが、そのエネルギー消費には驚くしかない。アメリカは最強の軍事大国だと思うが、他の国も基本的には軍備に国力のかなりの部分を割いている。
エネルギー消費に比例しているのが、国力であり従って国民の幸福度なのだろう。つまりこれからもこのエネルギー大量消費の時代が続くと思わざるを得ない。レジ袋なし買い物とかマイ箸持参とかがそう役に立つようには私には思えない。
車の燃費なども良くなってきたとは思うが、それならいっそガソリン1リットルが1000円ぐらいになった方が節約を真剣に考えるのではないだろうか。
母などの戦前生まれの世代の人は、水、電気、電話、新聞などの節約が身に付いている。何しろ「贅沢は敵だ」「欲しがりません、勝つまでは」の世代だ。
祖母などトイレの換気ファンが勿体ないと、すぐにコンセントを抜いては、皆を困らせたものだ。近所のばあさんも冷蔵庫の電気代が勿体ないと、夜にいつもコンセントを抜いていたと言う。
しかしながらお金を使うことで世の中が回っていくことも事実で、勿体ない攻撃の代表格の一つであるここの白浜海洋美術館や私の陶器は、消滅してしまうことになる。
聖書ではかなり常識的なことが書かれていたと思う。
ー良いものは価格が高い。収入に応じた生活をしなさい。(むやみなケチは戒めている)ー
ある女性がとても高価な香油でイエスの足を洗うことがあった。その時弟子が贅沢ではないか、そのお金で貧しい人を救えるではないかと、語気を荒げることがあった。言う。
イエスは答えて、
高価だからと言って単純に贅沢とは言えない。そのお金で一体何人の人が救えると言うのか。その高価な香油を今、私の為に使おうという彼女の気持ちのことも考えなければならない。
と言うような内容を記憶している。(聖書を調べようとしたが不勉強で正確ではありません)
07/07/14
せっかくの連休に大きな台風がやってきて行楽地はどこも大打撃だ。天気予報でも過去に例がほとんど無いなどと言っているので、世界的な温暖化現象の一つと考えざるを得ない。
我が家の猫ポルは雨が大嫌いで、夜はいつも外出しているのだけれど、雨で出かけられないと、ふてくされて我々に八つ当たりする。
ぐっすり寝ているのを体に触れ頻繁に起こす、爪研ぎをしてはいけない物にすることで、無理矢理起こす、と一緒に夜中に遊んで欲しいらしく、こちらは寝不足になってしまう。
天気の良い日は主にペンキ塗りをしている。この雨でいろいろと事務仕事をこなしている。HPのアドレスはigayaki.comを一応は取っていたのだが、niftyの転送サービスを利用してigayaki.comとしてはあまり活用していなかった。千葉に来てigayaki.comも不要かと思うが、伊賀焼八代目岡本定八さんの作品も扱っているので、継続しようかと考えているところだ。
その管理変更手続きで英文メールが来るのだが、niftyのweb上メールで迷惑メール、スパムメール対策フィルターというものがあって、それを有効にしていたのでうまく受信できなかった。
それをすり抜けてくる英文メールもあるので何だかよく解らないが、二度目にしてようやく承認できたようだ。窯の再開には今暫く時間がかかりそうなので、せめてHPを解りやすく整理しておきたいと願っている。
整理のことでついでだが、一年半ぶりにようやくスタートレック ファクトファイルが片づいた。月に二度計四冊送って貰っているのだが、一年半分をそのままにしておいた。これの整理は大変だった。バインダーも不足するしで、丸々二日ほどかかってしまった。
ごく普通のシリーズ本を揃えると言う気持ちではなかなかできないもので、はっきり言ってとても面倒。買っている人は皆きちんと整理しているのだろうかと強い疑問を抱く。
伊賀に住んでいたときは地上波で何とかスタートレックを見ることが出来たが、途中で打ちきりになり悲しんでいた。ところがスカパーのスーパードラマで何度目かの再放送をしているのを知り、おまけにNHKBSでもやるというので、楽しみにしている。
07/07/26
29日の投票日が大詰めで面白そうな状況と言える。
三重県から千葉に来て候補者のことがいろいろよく解らないので今日はテレビの放映を熱心に見た。
結論から言うと、政治家は右も左も純粋培養では良くない。人生経験豊かな揉まれた人でないとこれからの日本の指導は難しい。2世、3世はよほど他の世界で苦労でもしてない限り、指導者としては成功しない。
保守でも革新でもそれなりの出世コースをたどってきた優等生が舵取りをする時代は過ぎ去った。能力に余りあるこの世の情勢を見て政治家として自信なさそうな人が剰りに多い。
これが誰に投票しようかと思って常になく真剣にテレビを見た感想だ。
話は変わるが「菊と刀」と言う本を読んだ時に印象に残ったのは、戦時中の日本の戦意高揚映画は、普通のアメリカ人が見るとできの良い反戦映画にしか見えないと言う内容のことだった。
日本人のメンタルとアメリカ人は異なると言うことだろうが、選挙のテレビ演説を見ていても違和感があった。自民党でも野党でも言ってることがさして変わらない。主張が異ならないのなら政治方針も異ならないと言うことになるではないか。
何年かに一度の選挙に違いを明確に出さない主張は、新聞の論説を真似て如何に人気が欲しいかだけだろう。適当に時節の耳障りの良いことを言っているだけというのは、全くの偽善だ。
選挙民に判断情報を与えるルールすら守られてない。そもそも選挙を政治家自身が真に理解してないのではないか。
今のテレビ番組を見て欲しい。人気番組はもっと明確にコンセプトを持っている。政治の世界は世間から20年ほど遅れている。
日本人の民度はあなた達が考えている以上に高い、と言うことを意識してもっと本音で真剣に日本のことについて語って欲しい。判断の基準を明確に提示することによってさらに国民が進化する道を探って行くことができる。
07/08/21
毎日かなり暑い日が続く、私の肉体労働は少しお休みだ。
館山自動車道が全線開通しお客さんがもっと増えると期待していたが、ガソリンの高騰で客足が伸びないと、こぼしている人もいる。
しかしながらここ房総は、今が最高の人出だ。綺麗な砂浜の海岸線はどこも賑わっている。普段お客の少ない観光施設も、営業時間を延長して頑張っている。
東京から近い方が駐車料金は高いようだ。御宿などは一日1000円、鴨川、和田は500円、ここ白浜は無料だ!!
かつてはここ白浜などはやらずぼったくりで、それでお客さんが減ってしまったというが、この頃は結構リピーターが多いようで、馴染みのお客さんがいつもの民宿などに泊まるようだ。
今や中国の品質管理が問題になっているけれど、かつては日本もいろいろ酷かったといって良い。"maid in japan"は粗悪品の代名詞だった時代もあったし、その後は公害の言葉が"kogai"として世界に通用することになった。
戦後直ぐ何でもよく売れたから、いろいろインチキが横行したと言う。それで財を成した人は結構大勢いるようだ。
話は変わるが1992年に新発売のソニー8ミリビデオを買った。何故はっきり年代を記憶しているかというと、この年に南米のパラグァイに第一号シニア海外ボランティアとしての派遣が決まったからだ。
95年までの3年間にパラグァイではよくビデオ撮影したが、日本に戻ってからは陶芸家としてさほど生活に変化が無いので、ほとんど使わなくなっていた。一度修理に出して長い眠りについていた。
ここ千葉白浜に移ってからDVDレコーダーを買ったが、VHSや8ミリビデオとの関連が全く思いつかなかった。アナログをデジタルに変換するには何か難しい装置が必要と、アホを続けていた訳だ。
それがある日ふと8ミリビデオからDVDレコーダーに移せることに気づいた。今までさほど利用していなかったDVDレコーダーだが、これでようやくパソコンからCDを作るのと同じことだと理解できた。
それでも結構面倒な作業だし、肝心の8ミリビデオやVHSがテープが痛んでいたりして画質が悪くなっている。またその上、DVD等のディスクも寿命がそう長くはないというではないか。長期保存をするには、その時代の最新記憶媒体に移し替えねばならないらしい。困ったものだ。
1992年当時は8ミリビデオが珍しく、パラグァイでは言葉が出来なかったので、撮影でお茶を濁していた様子がビデオを見るとよく解る。私には便利な良い道具だったのだ。
HPを作るのに写真の整理だけでも大変な作業で、動画となると恐ろしくなってしまうが、機会が出来たら動画投稿に挑戦してみよう。
07/09/01
私が乗っている車は古い、トヨタのビスタは平成4年製だし、ホンダの軽トラは平成3年だ。いずれも新車からではない。ここ白浜は塩害が強いので次の車検の頃はアウトになるかもしれない。 ビスタは私で二代目。伊賀では涼しくて長い間エアコンを全く使わなかった。それでおシャカになってしまった。古いタイプなので冷媒はフロンガスを使っている。一度修理しようと診てもらったら、トヨタの純正デンソー製なのでガスのタイプを変換できるとのことだった。もう一件の修理屋さんでは、「変換するとガス圧が高くなるので、それよりそのまま修理してフロンガスを充填した方が良い」と言う。ある友は「古い車でエアコンだけは修理するな。あちこち悪くなって決して完璧に直らない」と言うので、結局その意見を採用した。
それでも車検は言うまでもなく、タイヤ、バッテリーは二度交換し、ベルト類も張り直し、ラジェターホース交換、前輪のブーツ交換などは済ませた。
一時ガリガリとノッキングが激しくなったのでプラグ交換しようとしたら、プラグにオイルが滲み出ているとのことだった。修理は高くつくので、そこのお店の一番高いオイル漏れ止め剤を入れ、それからハイオクガソリンにしたら何とか調子が戻った。現在はそんなところだ。
軽トラは三代目。伊賀からここ白浜に移る際にタダで貰った物だ。伊賀の家に置いておいて、帰郷したときに使おうと考えた。
二代目が雨ざらしで使っていたので相当錆びていたから、頂いた時に自分で塗装した。パラグァイでは多くの人がそうしていたので倣った。
ペンキはホームセンターで買ったが、種類は鉄部用というものばかりで自動車用専用ペイントなどは売っていないと言うことを認識した。そこで普通の鉄部用白色ペンキを使い、何日も掛けて塗ったので、軽トラらしく結構綺麗になった。
頂いたときには既に10万キロは超えていたので、タイヤは新しくした。その後伊賀にそのまま置いていたのだが、家の借り手が見つかり軽トラは移動せざるを得なくなった。
そのまま一年ぐらい誰も使わずに置いてあったが、私も少し余裕が出来たので白浜から取りに行くことにした。そのまま直ぐに乗れるとは思えないので、白浜から電話して近くの修理工場に点検を依頼した。長年使っていなかったのでウィンカーなどの接触が悪くなっていたのと、オイル、バッテリー交換を行った。
新幹線で京都に戻り、春休みを利用して小学生の孫を無理矢理同乗させ、途中浜松で一泊して何とか無事に白浜に着くことができた。
ビスタには千葉に移ると言うことでカーナビを付けたが軽トラにはもちろんなく、浜松で途中下車して予約していた宿を探すのに手間取った以外は、結構問題なく来ることができた。孫も初めて見る富士山には感激していた。
日頃車は乗らないし、長距離なども滅多に使わない。たまにこうして高速道路を利用するが、料金を別にすれば結構快適に造られていると思う。
09/11
先日は台風がここを直撃した。大きな被害はなかったものの海のすぐ側なので、大波の恐ろしさを実感するものがあった。
海岸から10メートルほど離れていてとても波が来るとは思えないような所に20キロぐらいの岩がごろごろ。遊歩道の敷石が剥がれて波に押し出されたようだ。
台風の波でこの様だから津波にはどう考えても助かりそうにない。防災訓練で近くの集会所まで避難したが、もしすぐにやってくるような津波ならとても行くまでの時間がない。すぐ側に灯台があるが、営業時間外に灯台に上がることはおそらくできないと思う。
しかしここは、地震そのものには強いところがある。かつての地震で隆起した岩の上に建っているので、近くの震度3ぐらいではほとんど揺れを感じない。
当美術館内は昔はお寺があったそうで、ここには俳人の「杉長(さんちょう)墳」というものがある。以前からやや前のめりになっていたので、何かの弾みで転けないか気になっている。
すぐ側の厳島神社に松尾芭蕉さんの俳句「あの雲は 稲妻をまつ たよりかな」の句碑がある。そして芭蕉さんの弟子に「杉山杉風」がいた。採茶庵一世を名乗る。その孫が「つや女」、その「つや女」の子が「平田梅人」で、彼は採茶庵二世だそうだ。
その採茶庵二世の弟子が「井上杉長」なる人物だ。彼は、この近くで生まれ、ほとんどを房総で過ごしたが、御得替で最後は桑名に移り、そこで亡くなった。
杉長の俳句「我国の 春や見に来し 海雀」はペリーの黒船のこと。「とく起て 我ものにせむ 春けしき」の句碑はこの公園内にある。
ここでも芭蕉さんの影響が色濃くあったのかと驚いている。
10/27
今日は台風が接近して来て大雨で、お客さんもなく一段と暇な土曜日となった。
家の猫ポルは、小鳥、野ネズミを捕まえようと毎日早朝から外出するのが習慣になっているから、雨の日が辛く、ふて寝とふて食いを繰り返す。
ここ安房は以前住んでいた伊賀と比較すると、何故かラーメン屋さんと蕎麦屋さんが多い。
その手の雑誌の特集にもよく取り上げられる。ここに来て二十ヶ月にもなると、大体の近くのお店には入ったことになる。
美術館のお客さんからも美味しいお店をよく質問されるので、少しは心がけていると言うこともあるだろう。
関東なので全体に味が濃い。味噌や醤油を大目に入れると見えて、それ以外の味覚成分に不満が残る。また、魚の煮付けは、砂糖が多くて甘みが勝ちすぎ勿体ないような仕上げに感じてしまう。
そういうお店はほとんどが家族経営で、お店ごとに飾り付けや置物配置など料理以外の個性が結構あって、それがとても面白い。これは関西ではあまり感じられない点だ。
和食と違って洋食と寿司は明らかに関西よりレベルが高い。東京で修行してきた料理人が作るので自ずとそうなるのだろう。
そしてお店の雰囲気もそう個性的ではなく、何処に入ってもごく普通といえるようなものだ。
近くのコンビニで買った濁り酒が恐ろしく不味かった。ラベルを見るとリキュールという分類で雑穀酒が入っているらしく、ともかく臭くて飲めたものではなかった。関西ではお目にかかりにくい新潟の濁り酒だったのだが・・・
最近ではいろいろと食品偽装が発覚している。赤福も三重県に住んでいたので、何度も買っては食べたが、美味しく感じるときとそうでないときがあった。今にして思えば時々古いものを買わされていたのか・・
ワインなどでも安売りで喜んで買うと、管理が悪くてかなり痛んでいるものがある。食品はそれでも食べてしまうので証拠が残り難く、毎日同じ物を食べるわけでもないのでそのうち忘れてしまうという点があるので、消費者はだまされてしまう。
ブランドの定義も曖昧で、宣伝を大いにして大量販売するような物は、生産量に限りがある以上どこかで不正のようなものがあるとしか思えない。まだまだ法律面などでも日本は甘いところがあるように思える。
ミートホープ事件は、偽装がいけないので、価格と品質にはある意味では問題になっていなかったのかもしれない。昔「貧乏人は麦を食え」と言った政治家がいたが、格差社会の今こそ美味しくて栄養がある安い食べ物を必要としているのではないか。
12/12
7日は強風で灯台が入場中止になっていた。こんな日は私どもの美術館は、ほかに行く所がないので予想外のお客さんがある。
この頃は流石に年末の一番暇な時期で、ホテルなどは忘年会で賑わっているようだが、本当に灯台周りにはお客さんを見かけない。
少し前のこととなるが、毎週金曜日夜10時から現在放映中のTBSドラマ「歌姫」に地元ボランティアエキストラとして出た。
エキストラに出るまではこのドラマを見たことがなかったので、ドラマの中の飲み屋さんに秋田名物きりたんぽがあるのがとても不思議だった。舞台は土佐清水なのに。
ロケはシーンが細かく分けられていて、その都度出てくる俳優さんが違うから、その時間時間に会わせて彼らはやって来る。出番のない俳優さんがいたらスタッフがいろいろ気を遣うという点もあるだろう。私が参加したときは小池栄子さんが、撮影内容上ずっと通しでおられた。
カメラ、音声はもちろん舞台衣装などのスタッフも入れ総勢で50人ぐらいの陣営だった。エキストラは私ども地元の中年ボランティア達と東京から来られた劇団の子役、一般人役、老人役などがいた。老人役のお婆さんは、妻が何か他の番組で見たような気がすると言っていたら、やはりいろいろ出ているとのことだった。
テレビには何度か陶器のことで出たことがあるが、ドラマの撮影などはもちろん初めてなので興味深く見ることができた。映画撮影とそう変わらないような感じだった。
雰囲気を持続する必要があるので、細切れでもちゃんとした演技の出来る俳優さん達はやはり偉いものだと感心した。
私は自転車で牛乳配達や、自転車でロケセットを横切ったりしていた。つい喜んで身内に出演を言っておいたが、ドラマの内容からではほとんどいつ出たのかも解らなかった。そんなもんだろう。
おそらく今年一杯ぐらいは白浜町漁協直営の「産直ふれあい市場」内にロケセットがあるので、伊勢エビの買い物ついでに是非お越し願いたい。
1/06
明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い致します。
今年は景気が悪くなりそうな予感、このままではいずれガソリンもリッター400円から500円ぐらいになるだろうとのこと。エネルギーが高コストになることで温暖化防止や省エネ技術が成長するかもしれないが、先のことは私にはよく解らない。日本人のDNAを信じてこの難局を乗り越えて欲しいと思う。
陶芸家として今年こそは窯を再開と思っているのだが、これからは窯の熱源をどうするか熟慮しなくてはならなくなってきた。
薪、重油、灯油、ガス(LP、ブタンなど)、電気などが考えられるが、それぞれ一長一短で難しい。知人の陶芸家に軽油仕様発電機で電気を作り、その電気で電気窯を使っていると言うユニークな人もいる。窯の性能も上がってきて、特殊な断熱材で熱効率を上げている窯もあるようだ。
経済悪化がどうこうと言っても、家族などが今の生活をどうにか続けられれば良いと思っているだけで、急激な変化さえなければ良いだろうと考えているが、かつての世界恐慌のような経験をしたくないことだけは確かだ。
しかしそれでも人々は乗り越えて来たのだから、あまり心配しすぎないようにしよう。
年賀状を何通か頂いた。その中で毎年数通は驚かされる内容のものがある。
今年は、結婚しました、ようやくパパになりました、などがそれだった。それだけだと何でもないが、当事者がお歳なので驚いたのだ。
いつかは、離婚して再婚しましたと言うものもあった。最近は私の歳のせいか定年退職の内容も多い。
今年は館山までの高速道路が完成したので、昨年に比べると何処もお客さんが多いようだ。景気が悪くなって海外旅行にブレーキがかかり、かつてのように白浜が賑わうようなことが起こりうるのだろうか。
02/09
ここでも冷たい雨が降り、全国的に雪だそうだ。伊賀からここ安房に引っ越してきてもう少しで二年になる。
最近シニア海外ボランティアの話をする機会があった。もう古いこととなってしまったので、遠くのものとなっていたが、少しは新情報をと思い改めてwebで調べるといろいろ変化している。
パラグァイ人女性と結婚して日本人の経営する会社で働いていた若かった彼がその会社の社長になっていた。パラグァイに住んでいた頃は、彼が独身の時の付き合いから、結婚式にまで出席したこともあって、特別懐かしい思いで一杯になる。仕事が軌道に乗ったようで喜ばしい限りだ。
またパラグァイは南米で唯一の親台湾国で、台湾からの援助で現在国会議事堂を建設している。そして日系人が農業から商業にも進出しているようだ。この頃は穀物相場が高騰しているので日系人も景気がよいことだろう。
BSニュースで見たのだが、オランダかでは一定期間利用されない家やビルは、勝手に誰かが住み着いても合法的になるそうだ。それで空き家にしておくのはまずいと考える家主が当然いるので、つなぎの住居人を斡旋する業者が出てきたという。
ビルのワンフロアーを住居兼アトリエに使っている画家がBSニュースで紹介されていた。彼は業者の求めに応じていつでも出て行けるように簡単な持ち物しか持ってないと言っていた。家賃は二万円以下だったと思う。
面白い法律があるものだと人ごとのように思っていたが、今陶芸の仕事場を探していて厄介な物件に当たった。
なかなか良い立地にある小さな家なのだが、所有者が亡くなっていて名義変更してないのだ。ご兄弟が何人か見えるようだが、もともと高齢だったので彼らが揃っているとは思えない。するとその人から見て甥や姪の判子が必要になりそうだ。沖縄出身なので親戚などもその辺りに多いだろう。
市に相談したら不動産も免税点以下だと税金がかからないので、税の徴収を全くしてないから相続人が不明になっていると言う。
つまり勝手に住むなり何なりしても、誰も文句を言うような人は現れそうにない。そこで生活を始める人から改めて税金を取るなりした方が、合理的な気がする。これから少子化で空き家や未耕作地が日本では増えると思われるので、所有権を絶対化せずに柔軟に対応できないものだろうか。
そうすれば馬力のある家族は頑張って子沢山になっていくかもしれないではないか。

